file 008 島塚絵里さん(デザイナー)

さわやかなフィンランドの風を運ぶテキスタイル

10月のtextile storyでご紹介したPIKKU SAARI(ピックサーリ)は、2015年後半のコッカ展示会でデビューした新シリーズ。ようやく生地ができあがった頃、海に浮かぶ島々を描いた柄、SAARISTO(サーリスト)をインスタグラムにアップしたところ、「いいね!」の数が殺到、国内外から「どこで買えるの?」「欲しい!」の声が続々と寄せられました。さわやかな北欧フィンランドの風を運んでくれたPIKKU SAARI。その生みの親が、デザイナーの島塚絵里さんです。
kokka-fabric.com_eri_shimatsuka_01(写真:自宅兼アトリエ。仕事机前の大きな窓からは楓の木が見え、季節の変化が感じられます。)

(コッカファブリックドットコム 以下、KF)島塚さんは、現在、フィンランドのヘルシンキにお住まいですが、フィンランドに行かれたきっかけは何だったのですか?

 中学2年生の夏に、母親の友人の紹介で、フィンランドに1か月、交換ホームステイするプログラムに参加しました。ある日突然、「絵里ちゃんフィンランドに行ってみたい?」と聞かれ、未知の国であるにも関わらず直感で「うん」と答えていました。初めての海外。何もかもが新鮮で、フィンランドが大好きになったのです。この留学で英語に興味を持つようになり、フィンランド語も挨拶などの基本単語を覚えました。

(KF)その後、高校、大学と、日本の学校へ進んでいらっしゃいます。大学では何を専攻されたのですか?

「絵里」という名前をつけてもらっただけあって(笑)、昔から絵を描くことが好きでした。高校時代、美術大学を目指して美術専門の予備校にも通ったりしていたんですね。そのとき、デッザンを習っていた先生に「語学に興味があるならば、勉強は若いうちにしておいたほうがいい、美術はいつからでも始められる」って言われたのです。その言葉が決め手となって、美大に進むのではなく、まずは勉強しようと思い直しました。フィンランド研究の教授がいらしたこともあって津田塾大学の国際関係学科に進みました。
 大学4年生のときに1年間アメリカに留学したのですが、長い夏休みを利用してもう一度フィンランドへ行ったのですね。13歳という多感な年頃を過ごした場所に再び舞い降り、昔の知り合いとの旧交を温めることができ、フィンランドへの愛着がいっそう深まりました。

(KF)アメリカに留学した1年間は、どんなことを勉強したのですか? 

 好きな科目を履修できたので、かねてから興味があった美術の基礎コースを取りました。段ボールで椅子を作るなどの実践演習のほか、グラフィックデザインやフォトグラフィーなどの科目も受講。美術の基本的なことを学べた貴重な機会でした。

(KF)大学卒業後、すぐにフィンランドへ留学したのですか?

 いいえ、紆余曲折ありまして(笑)。アメリカから日本の大学に戻ると、やはり、いざ就職となり、同級生が就職活動をしているなかで、ひとり、自分に合う道は何だろうと悶々としていました。会社をいくつか受けてみたりしたのですが、どうもしっくりきません。自分をあまり偽らなくてもいい職業って何だろう? そう考えたとき、自分の世界を広げてくれた英語の素晴らしさを伝える仕事に就こう、という思いに至ったのです。それで母校の高校での非常勤教師の職を見つけ、英語教員の道に進みました。始めは東京で、その後、沖縄でスクーリングのある通信制の高校へ転職し、生活の場が沖縄に移ることとなります。

(KF)そこで、染織作家・石垣昭子さんとの出会いがあったのですね。

 沖縄に住んでいた頃、ガイヤシンフォニーのドキュメンタリー映画「地球交響曲第5番」の上映会を観る機会がありました。その映画で染織作家・石垣昭子さんを知り、感銘を受けたのです。
 石垣さんは、西表島で紅露(くうる)工房を設立して、西表の豊かな自然を活かして、手作りの染織をされていました。紅露とは、西表の山に自生する植物で、染めると美しく渋い赤茶色になるのです。
「どうしたら弟子になれますか?」と伺ったら、テキスタイルのバッググラウンドがあるといいですねと言われて……。そのときは実現しなかったのですが、フィンランドでテキスタイルを学ぶことになってからすぐに連絡し、大学が始まるまでの期間を利用して、再び西表島を訪れ、1か月あまり、工房に通わせていただきました。
kokka-fabric.com_eri_shimatsuka_02kokka-fabric.com_eri_shimatsuka_03(写真:常緑高木の福木(フクギ)で染めた布。色を定着するために塩水と真水が混じりあるマングローブの生えた浅瀬で布を洗い、木の枝にかけて乾かしている様子。昔から伝わる海晒しという方法。)

(KF)石垣昭子さんの工房では、どんなことを学ばれたのですか?

 石垣さんは、「美しい絹糸を作るには、健康な蚕を育てることが大切、そのためには栄養たっぷりの桑の葉が必須で、桑の木が育つ環境を整えることが重要だ」というお考えで、蚕を育てるプロジェクトを開始しました。「布作りは大いなる自然の循環の一つにすぎない。衣、食、住は全て命から成り立つ」。その言葉がとても印象に残っています。
 芭蕉の糸作りでは、芭蕉の茎の部分の皮を剥いで煮出したあと、無駄な部分をそぎ落とし、繊維を取り出します。力が入りすぎても、弱すぎてもうまくいかなくて、ちょうどいい手加減で一息ですーっと刃を当てるのです。「この作業は禅に通じるものがあるのよ」と言われました。
kokka-fabric.com_eri_shimatsuka_04kokka-fabric.com_eri_shimatsuka_05(写真:藍染めの様子。染めを重ねて、色の濃淡を出す。時に酒と水飴を足して混ぜることで、藍を活性化させます。)

(KF)2007年、英語教員の生活にピリオドを打ち、満を持してフィンランドへ留学されます。翌年からヘルシンキ芸術大学(現・アールト大学)に通われていますが、なぜテキスタイルアートを専攻されたのですか?

 なぜテキスタイルを選んだのか。それは、昔から絵を描くのが好きだったこともあり、その仕事への憧れがありました。西表島の石垣昭子さんの染織に感銘を受けたこともきっかけのひとつです。
 テキスタイル、すなわち布は、衣食住のなかでいちばん身近なもの。「肌にいちばん近いところにあるのがテキスタイル」なんですよね。でも、実際は、テキスタイルを学ぼう! と即決できたわけではなくて、少しずつ「(私が進むべき道は)テキスタイルかも知れない……」と、だんだんと近づいていった感じなんです。
 アートのなかで、ようやくテキスタイルに絞り込めた!って思ったら、テキスタイルにも、織りとかプリントとか、いろいろなジャンルがあって……。ですので、今もなお、常に「そのなかで自分は何か?」とたぐり寄せています。

(KF) 2010年から、マリメッコ社アートワークスタジオにてデザイナーとして活躍されています。マリメッコ社で働くきっかけはなんだったのでしょう?

 じつはフィンランドに留学してすぐ、語学学校へ通い始めた頃、やはり働かなくては、と思い、マリメッコ社にチャレンジしたんです。けれども「フィンランド語ができないと難しい」と断られて……。それからフィンランド語を鍛え、美術大学に入学して数か月してから、再挑戦。今度はフィンランド語で電話をかけて、仕事はないかと尋ねたところ、対応が少し変わり(笑)、「あの店でショップスタッフを探している」という具体的な話をしてくれました。こうして大学生をしながら、マリメッコ社のショップで働けることになったのです。1〜2年くらい働きました。
 その後、ショップではなく、アートワークスタジオへインターンシップに行きたいと希望し、3か月間インターンとして働きました。こうして、ショップスタッフとして働いた経験とインターンシップでの経験を認められて、晴れて正社員として採用されたのです。

(KF) すごいチャレンジ精神ですね! マリメッコ社のアートワークスタジオで働く日々は、どんなだったのでしょう?

 本当に学ぶことがたくさんありました。ここには昔のアーカイブもわんさかあって、過去の偉大なデザインに思う存分触れることができました。新しいコレクションを作るときは、デザイナーから上がってくるデザイン原画に最初に触れることで、その年のトレンドもいち早く知ることができたり。とても刺激的でした。
 当時の私の肩書きはデザイナーでしたが、自らデザインをしてはいけないといった不文律がありました。でも、仕事をすればするほど、「自分でデザインしてみたい!」と思うようになっていったのです。そんな折、大学の卒業制作のために、2年間、マリメッコを休職することに。
 休職中はマリメッコ社の職務を離れるので、デザイン提案してもよいことになり、学校の卒業制作で手がけたファッションのプリントをマリメッコ社に提案しました。結果、クリエイティブディレクターに3柄、採用されたのです!
 休職して2年後には、そのままアートワークスタジオのデザイナーとしてマリメッコに残るか、独立してフリーのデザイナーの道を進むか、選択を迫られました。フィンランドでテキスタイルの分野で安定した仕事を得ることはとても大変。好きなテキスタイルの仕事で、マリメッコ社で働けることは大変魅力だったので、正直すごく迷いました。さんざん考えた末、やっぱり自分でデザインしたい、という気持ちが勝り、「50歳になって、あの時ああすればよかったと後悔するよりも、やってみたいことがあるならリスクを取った方がよい」と上司が背中を教えてくれたこともあり、独立してフリーのデザイナーになったのです。2014年6月のことでした。

(KF)紆余曲折の末、”今の島塚絵里、ここにあり”、といった感じですね。現在、テキスタイルデザイナーとして、鋭意デザインを手がけていらっしゃいますが、島塚さんにとって、デザインを生み出す源流は何なのでしょう?

 ヘルシンキの自然と一体になって暮らすこと、ではないかと思っています。フィンランドの人々は、短い夏を満喫します。私も今年の夏は、家から車で3時間ほどの湖のほとりにある夏小屋で過ごしました。サウナで暖まったら、裸のまま湖にザボン! そんな自然と一体になった生活を大いに楽しみました。

こちらは、真夜中でも真っ暗にはならない神秘的な北欧の白夜。
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雨の降った後には大きな虹が。湖の多い湖水地方にて。
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1週間滞在した電気のない夏小屋。しばらくすると自身の心臓の音が聴こえました。
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 湖や森で出会った風景をスケッチに描きとめるのが、デザインの大切な部分となっています。ブルーベリー摘みの際にささっとスケッチ。
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葉書大サイズのアイディアスケッチ。テキスタイルデザイナーの脇阪克二さんから教わった方法です。
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夏小屋に滞在した際に、展示用のスケッチに取り組み、アイディアを膨らませました。
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 私の家も、すぐ裏が森で、自転車で20分も走ると大学へ着きます。ここの森でも、さまざまな動物と出くわします。
自宅周辺の風景。ヘルシンキからメトロで10分のところ。ヘルシンキは首都にも関わらず、自然に近い。家のすぐ側から森が広がっています。
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(KF)コッカファブリックでの初のシリーズとなるPIKKU SAARIは、どのように仕上げていかれたのですか?

 アイデアをハガキ大くらいの紙にスケッチすることでイメージを膨らませることが多いです。PIKKU SAARIの場合、コレクションを考える要領で、ストーリーがつながっていくように考えました。テーマは「ホームパーティー」。そこからイメージを広げていきました。
 今回、3つの柄を作りましたが、なかでもPIKKU SAARIのアイコン的なデザインが、SAARISTO(サーリスト)です。これはフィンランド語で群島という意味。 海に浮かぶ島がモチーフですが、抽象的なので、見る人によっていろいろな捉え方ができるかと思います。ブランドの名前もPIKKU SAARI「小さな島」。フィンランドに浮かぶ数々の島での豊かな暮らしをイメージし、自分の名前の島塚にもかけました(笑)。
 そして素材は、フィンランドにゆかりのある麻を使いたかったので、綿麻キャンバス地を選びました。フィンランドでは、昔はおばあちゃんが麻を織っていたのですよ。
こちらは、PIKKU SAARIのカタログ写真。長靴下のピッピが住んでいるような古いお家で楽しいホームパーティーの様子を撮影しました。
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(KF)今年10月に開かれた、東京での初個展、「森のなか」では、「森、静けさ、ひとり」といった、”東京にはなくて、フィンランドにあるもの”がテーマになっていましたね。

 短くて最高の夏と、長くて暗い冬。そのどちらもフィンランドの顔です。その2つの顔は、フィンランドをとらえたときにとても大切な要素。建築でも何でも、光を存分に取り込みデザインになっているのです。テキスタイルにおいても、色を変えることで雰囲気ががらりと変わる――。そんなことを表現したかったのです。
 これからもテキスタイルを通じて、フィンランドの暮らしを伝えていきたいと思います。

(KF) どうもありがとうございました。


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