visit artist file012 戸田亜由美さん(fabrica uka デザイナー)

暮らしのなかの「もの」や「こと」を図形化する

戸田亜由美さんのことを初めて紹介したのは、2014年11月のInspiration file73、「ハンドプリントの布雑貨」。この記事がコッカのクリエイティブディレクターの目にとまり、2016年の6月、戸田さんデザインのテキスタイル、「tayutou」が誕生することに。まさにコッカファブリックのサイトからデビューしたテキスタイルデザイナー、戸田亜由美さん。日々の創作活動についてお話を伺いました。
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Kokka-fabric.com (コッカファブリックドットコム以下KF) 戸田さんは小さな頃から手作りが好きだったのですか?

小学校の頃から家庭科は好きでした。母が縫いものをするのをずっと見ていましたし、伯母が洋裁をしていたので、その洋裁部屋にこもって、端切れで何かを作っているようなインドア好きの子どもでした。

KF:でも大学は服飾関係や美術系ではなくて、英文科に進んでいらっしゃる。

 そうなんです。入った高校が新設校で英語に力を入れていた学校でしたので。家庭科の実習もなかったんですよ(笑)。大学時代は子ども服の店で販売員のアルバイトをしていました。このときにメーカーのデコレーターの方がいろいろと教えてくれたこともあり、店舗の内装に興味を持ち始めたんです。
 それで大学卒業後、昼間アルバイトをしながら、インテリア専門の学校に通いました。その学校の講師をされていた先生のデザイン事務所に勤めるようになったのが、デザイン関係の仕事の始まりです。

KF:デザイン事務所ではどんな仕事をしていたのですか?

 洋服屋さんとかアパレル系の内装のデザインが多かったです。ちょうどコンピューターでデザインをし始めた過渡期で、オール手描きの人、手描きとCADを使う人、CADだけの人など、いろんな人がいる時代でした。なので手描きもCADも両方やらせてもらいました。
 デザイナーのボスが、「Macは俺もういい」と尻込みしてアシスタントに丸投げしてくれたおかげで(笑)、グラフィックデザインやロゴマーク制作など、何でも任されて、内装デザインの会社なのに、いつのまにかグラフィックデザインまでこなせるようになりました。

KF:そのデザイン事務所を〝卒業″して、2012年にfabirica ukaを立ち上げます。

 デザイン事務所では、クライアントが発注してくれるのを、ただ指を加えて待っているようなところもありました。そうではなくて、イチから自分で生み出せる作業をじっくり組み立ててみたいと思うようになったのです。
 今から自分がやるものとして何ができるのかな、これまで自分がやってきたことを糧として、そこからつなげることができるものって何だろうと考えた結果、根底にあるものは、イラストとかグラフィックデザインだったんですよね。fabirica ukaのパターンとなる、ああいったテイスト。そして、表現しやすいもの、世界観を伝えやすいのは何だろうって考えたとき、布だなと思って……。それはもう理屈ではなくて、感覚的にそう思ったんです。
 さっそくブランドのホームページを作り始め、何をしたいのか、仕事としてどうしていきたいのかと、頭の中を整理していきました。
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KF:fabrica ukaのホームページは、さすがグラフィックデザインはお手のものだけあって、デザインもフローも考え抜かれていますよね。なんといっても、パターンをクリックするとそこに作品が現れるという演出にはしびれました。

 正直、fabrica ukaをひっそりと始めることもできました。知り合いに「こんなの作ったの」って見せたりとか……。でもそうではなくて、枠をある程度最初に固めて見せちゃおうって考えたんです。生業としてやっていこうと思ったので、〝ちゃんとしてる風″に見てほしかったんですよね。知り合いを通じて人づてにじわじわ……というのもありなんですけど、私はそれよりも知り合いじゃない人にも、「こういうのもあるんだ」って、きちんと見てもらいたかった。それが個人であっても、企業であっても、見てもらって恥ずかしくないようなものにしたいと。
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KF:fabrica ukaでは、自身のサイトでも作品の販売をされています。いわゆる製造小売りですよね。生業として考えると、デザインだけを自身で行い、あとの製作は誰かに任せるという方法もあるのではないかと。

 これは作り方の工程の話になってしまいますが、例えばかばんだったら、最初に大きさや形、持ち手の長さやマチの幅、柄合わせや配色を決めます。確かにこの時点で誰かに発注できるのかもしれない。でも、私の場合、そこから布のコラージュをどうするか、つけ加えるステッチをどうするかと考える。その段階に来てから、ものを見ながら決めていく。まあ、フリースタイルみたいな感じなので、それを人に発注するのはちょっと不可能なんです。

KF:完成サンプルを1つ作って、「このようにお願い」と頼むこともできるのではないですか?

 もちろん「tayutou」のような布の場合は、みなさんに作っていただけるように製品のデザインを考えます。でも、fabrica ukaで作る場合は、1点ものを基本にしているんです。これまでのお客様にも1点ものということでご理解いただいていますので。こうすることで、量産できる布で作る製品デザインと、fabirica ukaとして小ロットでプリントする布を使う作品とで線引きしています。
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KF: なるほど。「tayutou」が出たことにより、その線引きがより鮮明になってきたのですね。

 私がfabrica ukaを始めようと思ったときに、「まず、3年頑張ってみよう」と決め、目標をひとつ立てました。まあ事業目標じゃないけれど、それは自分の生地を出すことだったんです。
 おっしゃるように、fabirica ukaだけでは生業としてやっていくのは難しい。バッグ1点2万円、ブローチ1点数千円ですから(笑)。でもそれをやめないのは、作品をしっかり仕上げて1点ものとして販売するのは、fabirica ukaのブランディングとして必要なことだからなんです。ブランドの世界観をいろんな人に見てもらうことで次の道が拓ける。「tayutou」にしても、コッカファブリックのinspirationのコーナーで紹介されたことがきっかけで、自分の生地を作ることができた。これって私のなかで夢だったんですよね。この夢が叶うことが目標の3年のなかでできたので、すごくラッキーだったし、運が良かったと思います。
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KF:戸田さんは、2013年からクラフト作家数名で開催するグループ展「tenowa(テノワ)」にも参画されています。この活動はfabrica ukaとしてはどんな位置づけなんでしょう?

 作家って、自分の好きなように作品を作っているように見えます。でも実際は、バイヤーの方やギャラリーの方の要望もあり、自分も結局はコマのひとつかなと感じて、フラストレーションがたまることもあります。イベントなどにお声がかかるのはありがたいことなのですが、ときには、気の合った仲間と一緒に自分たちで企画して、自分たちで楽しむ――。そんなイベントをしてみたくて「tenowa」を始めました。
 今まで6回開催してきましたが、今年はメンバーがみな忙しくなってしまったこともあり、活動を休止中です。無理に開催数を重ねるのではなく、これまでの6回を糧にさらにイベントを発展させていくための準備期間にできればと思っています。

KF:多忙を極める要因のひとつになったのは、「tayutou」の制作ですよね。実際にデザインしていく工程は大変でしたか?

 fabrica ukaとしてシルクスクリーンで布にプリントしていましたので、リピートやオクリといったテキスタイルの作り方は理解していました。逆にそれを気にしすぎて、ディレクターに「それは大丈夫、こちらでやります」と言われたこともあるくらい(笑)。
「tayutou」は、1つのパターンのモチーフをたくさんの面積を刷ってもつなげられるようにできたらいいなと思ってデザインしました。なので、大きい面積の布ができ上がったのを見たときは感動しました。

KF:2016年6月、「tayutou」が発売されるや、6月の販売ランキングでは3位、7月はなんと1位。大好評ですね!

ありがとうございます。両親も喜んでいます。
 「tayutou」の第1弾は、アメリカのソルトレイクシティーのキルトショーに出していただいたのですが、その後すぐに私のインスタグラムにキルト関係の方からのフォローがどっと来て。海外からこんなに反応があると思わなかったのでびっくりしました。なかには「ちょっとでもいいから英語でコメントほしい」なんていう方もいらっしゃったり。うれしい限りです。
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KF:「tayutou」にしても、fabirca ukaにしても、戸田さんが作るパターンは、日常生活のなかにある「もの」や「こと」が発想の発端になっています。fabirca ukaのキャッチコピー、「ものことはもようのよう」は、まさにデザインコンセプトを端的に捉えていますよね。

食べ物だったり、コップだったり、暮らしのまわりにあるいろんなものがモチーフやパターンになっていくことが多いです。日常を図形化するときに私のフィルターで見ているというか。それと、記憶の中の心象風景とでもいいましょうか、そんなものがかたちになっていく場合もあります。
 例えば、今年作った「garland」というパターン。これは幼稚園のときによく作った、紙を切ってつなげていく飾りがモチーフです。出先でふと思いつき、手帳に落書きしました。思いついたときに、さらさらっとメモ書きをしておいて、今日はデザインを起こす時間があるなというときに、いくつか形にしてみます。
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 柄の思いつきスケッチやバッグのデザインなどはスケッチブックに無秩序に描き散らしています。空白があればそこにどんどん描いていってしまうので、このような状態になるのですが、それをときどきパラパラと見返してみることで新たに思いつくこともあるので、あえて無秩序にしています。
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KF:アイデアは日常の風景のなかにころがっている――。そんな感じだと思うのですが、意識的に何かを吸収したりはしないのですか? いわゆる「引き出しの補充」みたいな。

デザイナーはアーティストではないので、何もないところから生み出すことはできません。デザイン事務所に勤めていたときによく言われていたのは、「デザインというのは素材の再構築」という言葉です。
 デザインの仕事を始めたばかりの頃は、「引き出しの中を増やす」ことに貪欲でした。当時の心境を思い返してみると、あの頃は仕事場で「大人」の人たちの会話についていけなかったんです。デザインの現場では物を説明する時に美術だったり、場所だったり、映画だったり、色んなものを例えとして挙げて「大人」達が話を進めます。私は、そういった場についていけず、打ち合わせで一言も発せず終了することも多く、自分の存在意義がわからない感じで悔しかったんです。ハッキリ言う方に「君は何にも知らないんだなぁ!」と言われたこともありました。
 そんな苦い経験もあって、色々と見るようになったような気がします。仕事場で「アレですよね」と言われても、その場ではちょっと知った風な素振りをして、打ち合わせ後に猛烈に調べて引き出しに入れておくというズルをしたこともあります(笑)。
 若かったから吸収力が高かったというのもあるかとは思いますが、実際のところは、現場でお尻に火がついていた状態だったからなのかもしれません。
 最近は、その引き出しのソースが、身近な日常生活になってきています。朝、近くの神社まで散歩して、とりとめのないことを考えながら歩いたり……。ゆっくりとものごとに取り組めている気がします。

KF:日々のもの・ことを題材にしたモチーフが生まれてくる背景が見えてきました。そうやって生み出したテキスタイルにステッチやコラージュを加えるのも戸田さん流ですよね。

 ステッチを入れることで布の表面がポコポコしたり、テクスチャーの表情が豊かになります。いくらシルクスクリーンでインクをのせているといっても、それだけでタッチをつけるのは限界があるので。「tayutou」のテキスタイルデザインを考えているときも、この柄にはこのステッチを入れたらいいかなと想像したり……。
 布のコラージュもよくするのですが、これも手縫いでかがっています。ミシンで縫ってしまうと、ちょっと面白みがなくなってしまうんです。手縫いなら、微妙に違う縫い目で、趣きのある仕上がりになります。
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KF:今年11月には、fabirca ukaをスタートして初めての個展を開くそうですね。

会場となるカフェギャラリー「タビラコ」は、存在そのものがノスタルジーの世田谷線の松陰神社前駅すぐそばにあります。窓から見える景色とあたたかみのあるリノベーションの店内でゆったりと落ち着ける空間です。
 私の活動拠点である世田谷ミッドタウンのほのぼのとした人やその暮らしぶりそのもののような。初めてその空間に立った時に自然と「ここで展示をしたい」と感じました。
 fabrica ukaの作品がこの空間で和んでいる景色をたくさんの人に見てもらいたいと思っています。また、これまで作ってきたパターンを一堂に見てもらえるような仕掛けも考えていますし。
 せっかくなので「tayutou」の生地を使ったワークショップもやってみたいなと思っています。

KF:個展、そして「tayutou」の第2弾、楽しみにしています。多方面に渡りお話をお聞かせくださり、ありがとうございました。