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布×糸で文字のアートをつくる。カリグラファー浅岡千里さんの挑戦

「スタッフコラム」では、コッカファブリックの運営スタッフがキャッチした気になるモノ・コト・スタイルをお届けしています。第9回目は、布や糸を用いて文字のアートを生み出すカリグラファーの浅岡千里さんを取材。文字を糸で表現する魅力や楽しさを伺いました。今月から始まった作品展の様子も併せてご紹介します。

ウェディングの手書き文字に魅せられて

西洋の書道ともいわれるカリグラフィー。浅岡さんがカリグラフィーを始めたきっかけは、アメリカの雑誌『Martha Stewart Living』のカリグラフィー特集。美しい手書き文字が随所にアレンジされたウェディングシーンが誌面いっぱいに広がっていました。

「招待状や会場の入口に掲げられたボードが、“〇〇家”といった毛筆の固い印象のものではなく、流麗な筆記体で優しい色の紙に描かれていて。こんなにも美しい世界があるんだと衝撃を受けました」

ちょうど自身の結婚式を控えた時期で、「理想のイメージを得た!」と、さっそくカリグラフィーを習い始めました。

時は1990年前半、ブライダル情報誌の『ゼクシィ』が創刊された頃。結婚式場の担当者からは、アルファベットの席札は読めない、年配の方に失礼にあたる、と難色を示され、何度も既製の招待状や席札に変更するよう諭されたそう。それでも、手作りの結婚式にしたいという一心で、黙々とテーマカラーやモチーフを決め、ウェルカムボード、席札、席次表と、次々とつくり上げていったそう。

「結婚式で一番やってみたかったのは、100名あまりのゲスト全員のフルネームをイタリック体で書いた席札をつくること。それぞれのカードの裏には、一人ひとりへのお礼のメッセージを手書きで添えました」

初期の頃の作品。

カリグラフィーは想いを伝えるもの

自身の結婚式のために始めたカリグラフィーは、その後、浅岡さんのライフワークになっていきます。カリグラフィーへの愛着が深まるにつれ、その歴史や役割にも関心を寄せるようになりました。

「カリグラフィー(calligraphy)の語源は、ギリシャ語の kallos(美しい)と graphia(書くこと)に由来します。長い歴史の中で、それぞれの地域や言語、そして素晴らしい書き手たちによって生み出されてきた、世界中の多様な“美しい文字”の文化を内包する言葉だと私は考えます」

その昔、文字の使用は一部の知識階級だけに限られ、宗教とも深く結びつきながら発展してきたといわれています。

「そういう歴史を踏まえて考えると、カリグラフィーは、単なる“美しい手書きのデザイン”ではなく、誰かに伝えたい想いを文字という形にし、それを相手に届けるためのものだと捉えるようになりました。何かと何かをつなげるために生まれたもの。国と国、人と人など」

浅岡さんが書いたカリグラフィーの書体サンプル。

紙・ペン・インクの3つで楽しめる

浅岡さんがカリグラフィーを習い始めた頃、クラスメートに「カリグラフィーは、紙とペンとインクがあればずっと楽しめる。学ぶことが無限にある。こんなに安上がりで楽しいことはない」といわれ、とても共感したそう。

「紙・ペン・インク」は、いわばソーイングの「布・針・糸」のようなもの。選択肢の幅が広く、たくさんの種類がある点も似ています。どんなものがあるのでしょうか。

「ペン先は、平幅のもの、先が尖ったものなど、いくつかのタイプがあり、描きたい文字によって選びます。インクは、万年筆用の水性インクが色もきれいで、初心者におすすめです。私は仮名用の墨汁や墨を好んで使いますが、ガッシュや日本画用絵の具、アクリル絵の具などもあり、何にどう描くかによって使い分けます」

何に描くか、の「何」にあたるのが、紙。美術や絵画の世界では、支持体(しじたい)と呼ばれています。

「紙の種類も幅広く、水彩紙やにじみ止めをした和紙などがあります。紙以外では、布、革、ガラス、木などにも描くことができます」

好きな文字を刺繍できたら素敵

「紙・ペン・インク」に親しんでいた浅岡さんに、布と糸との出会いが訪れたのは、2018年頃。友人のショップで白刺繍(ホワイトワーク)のモノグラムを手にしたときでした。

「刺繍はもっぱら鑑賞専門。洋裁はできませんし、ミシンも苦手です。刺繍のモノグラムを見たときも、自分でやるなんて『無いわー』と思っていたのですが、あるとき、ふと試してみたくなったのです。自分のイニシャルのモノグラムや好きな文章をハンカチに刺繍できたら素敵だろうなと、完成したものを想像することができました」

イメージが湧いたものは絶対に作れる!と信じる浅岡さん。そこから、毎日欠かさず刺繍を練習する日々が始まります。

「最初は、針を入れる向きすら分からない状態でした。それでも、ペンで細密に描くのと、刺繍の糸の動きは同じでいいのでは?と思った瞬間、なぜか妙に腑に落ちたのです。それからは、ペンで描くことと糸で綴ることにほとんど違和感がなくなりました」

洋服作家でらくがき刺しゅう家の井上アコさんに「作家が作るものと刺繍作家が作るものは違うから。インクみたいに糸を扱うのであれば、目が粗いとか関係ない」と背中を押されたことも。「3年毎日やれば上手になるよ」と励ましてくれた人もいたそう。

「だから毎日やりました。朝ドラを見る時間に毎日やるというルーティンを決めて」

制作中の刺繍作品。

練習の末、つくり上げた刺繍作品。

文字をつけることで寄り添える

紙にインクで書くことに、布に糸で綴るという新しい手法を加え、創作の幅を広げていった浅岡さん。2つの共通点を尋ねました。

「どちらも比較的身近で手に入りやすい道具を使い、小さなものから大きなものまで、サイズにとらわれず自由に表現できます」

そしてもうひとつ、と浅岡さんは言葉をつなぎます。

「私が創作するうえでとても意識していることなのですが、どちらも、『内包する』『寄り添う』ことのできる表現を生み出せるという点です。紙も布も、誰かに何かを差し上げるときに必ず使うもの。風呂敷でもパッケージでも、大切なものや壊れやすいものを包むために使います。そこに自分が好きな詩を書くことで、守っている感じが込められるのではないかと思ったんです」

布に綴ったら欲しくなる

布や糸での表現には、どんな魅力があるのでしょう。

「ファッションとして身にまとうこともできますし、折りたたんでも紙ほど傷みにくいため、持ち運びがしやすいところですね」

浅岡さんにとって興味深かったのが、作品を見た方の反応の違いだったそう。

「カリグラフィーを知らない方に、紙に描いたアルファベットの作品をお見せすると、『私もやってみたい』と、カリグラフィーを自分で学ぶことに興味を持ってくださる方が多いのです。

一方で、デザインしたアルファベットや詩を布に刺繍した作品をお見せすると、『欲しい』『買いたい』と、カリグラフィーを作品として所有することに興味を持ってくださいます。

同じ“文字”を表現していても、素材が変わることで、見る方がカリグラフィーに向ける視点や関わり方まで変わる。その違いに気づいたことは、私にとってとても興味深い経験でした」

レースが大好きという浅岡さんは、あるとき、「レースみたいな文字」というアイディアが浮かび、首を飾る襟をつくったことも。こちらはそのイメージ画で、紙にインクで描いたもの。

「襟にはエミリー・ディキンソンの詩を綴りました。wear me too という言葉に反応して襟の形にしました」。こちらがそのイメージ画をもとに制作したカットワークの作品です。

3人展「What I Picked」で挑んだもの

9月12日から、浅岡さんが参加する作品展「What I Picked」が、岐阜県多治見市の「IRISE antique」で始まりました(9月23日まで)。

作品展は、陶作家の菅祐子さん、版画家の佐々木まりさん、そしてカリグラファーの浅岡千里さんの3人展。それぞれの作家が「Picked」から生み出した作品を展示します。

浅岡さんのコンセプトは、「A PIECE OF PEACE(平穏の欠片)」。

「穏やかな日々でなければ価値を見出すこともないような、ささやかなものたちを選んで作品にしています。“PIECE”と“PEACE”は、個と全体、物質と概念という対照的なイメージを持ちながら、同じような響きを持っています。壊れた陶片、隣人とのささいな会話の断片、本にはさんだ小さなメモなど、小さな“PIECE”が集まったものこそが、私たちの日常であり、その先につながる“PEACE”なのではないかと考えるようになりました」

「PIECE」という言葉を考えるなかで、大切なモチーフとして浮かんだのがモザイクタイル。

「私はタイルをつくって生計を立てる家で育ちました。幼少期の良い記憶も苦い思い出も、タイルとともにあります。このモチーフを自分の表現に取り入れたいと思いながらも、どのように向き合えばよいのか、ずっと模索していました。

今年に入り、クロスステッチでアルファベットを刺繍しているときに、ふと『この図案は、モザイクタイルでアルファベットを表す図案と同じなのだ』と気づきました。その瞬間、すべてが腑に落ちたのです。

一つひとつの小さな四角いパーツが集まることで一つの意味を成す。その構造は、アルファベットが組み合わされることで単語となり、意味を成すことと同じなのではないかと思いました。

奇しくも、今回の展示会場がある多治見市は、タイルを特産としてきた地域。私の両親がタイル生産に従事していた会社がある場所でもあります。『A PIECE OF PEACE』というコンセプトの最初の作品を発表する場所として、これほど適した場所はないと思いました」

「What I Picked」に展示する浅岡さんの作品。

紙であれ、布であれ、インクや糸を用いて、大切にしたいものに言葉を添える。どちらも誰かを温かく包み込み、寄り添える存在であることには変わりない。もしかしたら、それが長い歴史のなかで培われてきたカリグラフィーのすごさなのかもしれません。(取材・文 須藤敦子 写真提供 浅岡千里)

浅岡千里さんプロフィール

浅岡千里(あさおかちさと)。カリグラファー(ラテンアルファベット) / テキスト&レターアーティスト。

1971年岐阜県土岐市生まれ。現在、瀬戸市在住。幼少期に祖父から書道と水墨画を学び、短大時代には英米詩や文学を専攻。1996年から国内外の名だたるマスターカリグラファーから手ほどきを受け、ラテンアルファベットの書き手となって30年ほど。国内外での展示参加は多数あり、海外専門誌に幾度も取り上げられる。その傍ら、後進指導、店舗ロゴや店内装飾用作品など、アルファベットに関する知識と技術を駆使した仕事に従事している。
https://www.instagram.com/_ch_is_art_o_/

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