Visit artist file019 黒田 翼さん(動物ぽんぽん作家)

優しげだけれど、どこかユニークな動物たち

「動物ぽんぽん」でおなじみの作家、trikotri(トリコトリ)こと、黒田 翼さん。さまざまな毛糸で作る「ぽんぽん」から形を切り出し、ニードルフェルトの技法と組み合わせて、主に動物をモチーフとした作品を制作しています。2018年より、初のテキスタイルブランド「kotorinuno」(コトリヌノ)もスタート。活躍の場を広げる黒田さんにお話を伺いました。

Kokka-fabric.com (コッカファブリックドットコム以下KF):黒田さんは東京藝術大学絵画科を卒業されてから、手芸店で働いていらしたのですよね。

 大学卒業後、一度東京で就職したのですが、続けていけず、その後、仙台の手芸店に5年半勤めていました。販売員をしながら講習会の講師をしたり、売り場の作品見本を作ったりしていました。ぽんぽんを作り始めたきっかけは、店頭イベントの編み物体験会。ぽんぽん作りは、お子様や初心者の方でも毛糸に親しんでもらえる題材だったので。最初はごくごく簡単なもの、ヒツジやウサギなどを作ってみました。
 実際にやってみたら、その質感や、色を組み合わせればいろんな模様ができることが楽しくて、個人的にすごくハマってしまったのです。模様の出し方をいろいろと試して、シマリスとかスズメを作ったんですね。作ってみたらやはりすごく可愛いなって。家でも作っちゃうくらい、のめり込んでしまいました。

KF : まさに、ぽんぽんとの運命的な出会いですね。

 作りたいことと仕事は分けなくちゃ、と思っていたのですが、手芸店の講師は、やればやるほど仕事と趣味の境目がなくってしまって。家に帰っても仕事のことばかりを考えてしまい。続けていくことが難しくなって、悩んだ末に手芸店を辞めました。

KF:そこで、次はアパレル関係の仕事に就かれた。

 そうです。アパレルショップの販売員として働いているときに、「第1回ハンドメイド大賞 produced by 藤久株式会社×mine」に応募したんです。何か次につながるきっかけをつかめれば……と思いました。

KF:そして見事、「ハンドメイド大賞」でグランプリに輝きました。受賞してからすぐに出版のお話があったのですか?

 2015年の2月に賞をいただいてすぐ、キット化や出版のお話もいくつかお声がけいただいたのですが、まだアパレルの仕事を辞めていなかったので泣く泣くお断りしていました。仕事を辞めたその夏に、ちょうど誠文堂新光社さんから本のお話をいただいたので、ではやらせてください、ということに。

KF:そして2016年、あのベストセラー『動物ぽんぽん』が誕生したわけですね。ぽんぽんは、ほかの手芸とどんなところが違ったのですか?

 ぽんぽんは、初心者の方でも作り始めてもらいやすいことと、作品が完成するまでの工程に面白いなと思う瞬間がいくつもあること、です。単色のぽんぽんを作るだけでも、あ、こうやって作るんだ、という驚きがあります。模様を考えて糸を仕込むときも、どんなふうに巻いたらどんな模様が出るかなって。最初から完全に決めてやるのではなくて、作りながら、考えながら進める。それが思い通りに出たり、ちょっと違ったり。やってみないとわからない。

 ハサミを入れたときに断面の模様が現れるのですが、そのときにまずテンションがあがります。後はそれを彫刻のようにカットしていく。ぽんぽんって、足していく作業というよりは削っていく作業がメインなのですが、それが面白いのです。
 たとえば、リアルな動物の顔を作ろうと思ったら、いくらでも足して、作り込んで、リアルなものに近づくかもしれません。けれども、ぽんぽんは、切る、削る、というシンプルな作業。制限のあるなかでの楽しさ、ほんの少し、切るか切らないかで、表情が変わったりします。

KF:ぽんぽんは、引き算の手芸ということでしょうか?

 実は足す作業もあります。羊毛フェルトで耳を作って、取りつけたりする部分です。一方で、マズル(クマなどの鼻の周りの盛り上がり)を作るときは、後づけで足すのではなくて、フェルティングニードルで固めています。羊毛フェルトの手芸も元々好きだったので、フェルティングとぽんぽんを組み合わせることで、自分が今までやっていた技法がうまくはまったのです。

KF:さて、ここからは初のテキスタイルブランド「kotorinuno」についてお伺いします。最初に出たのは2019年の春ですね。

 コッカさんには2018年の春、ホビーショーのときにお会いして、最初の生地が出たのが2019年の春でした。

(コッカ・福田):最初は、ぽんぽんっぽく、丸くほわっとしたもの。ぽんぽんの作品をそのまま転写してもいいんじゃないか、という話もありました。

[pompom animals]の柄は、肉食系の動物、草食系の動物になっています。[CheeseHoles]は、生地全体がチーズみたいになっていて、そのなかにネズミがチョロチョロいる。[Mori]は、森の中に動物が隠れているよ、みたいな。[Bichons]は犬のビション・フリーゼがちらばっているような絵柄です。[Bichons]が特に人気でした。

(コッカ・福田):[Bichons]はとても人気で、特にネット通販ではすごく反響がありました。品切れになってからもお問い合わせがずっと続いて、リピートしてください!とお願いして、再販しましょう、ということになりました。

 1年目、2年目とやってみて、最初は「動物ぽんぽん」ありきでお声がけいただいたし、私も「ぽんぽんの作家さんが作った生地ですよ」という切り口で知ってもらえたらと思っていたので、第1弾はこういう図柄を出しました。自分の中で迷いもありながら、1年目、2年目をやった感じはあります。

KF:trikoriのぽんぽんの世界を布で表現するときに、難しかったのはどんな点ですか?

 小さいときから絵を描くことは何より好きでしたので、trikotriとして生地を出させてもらうことは、とても嬉しく、楽しみながらやらせていただきました。難しかったのは、trikotriのデザインする「kotorinuno」としてどういう図案を出すのがしっくりくるのかな、っていうこと。これをさぐるのに2年かかりました。
 第1弾は、いちばんやりたいことをやれるときだ、とコッカさんにも言っていただいたので、それぞれの柄はすごくテイストが違うと思います。
 [Pompom Animals]は、ありそうといえばありそうな柄ですが、そのほかの柄は、単純に、深く考えないで、こういう生地があって、子どもの洋服とか作ったら可愛いだろうな、とか、欲望にまかせて(笑)。こういうのがあったら面白いだろうな、というのを形にしました。とくにコンセプトはなしでやらせてもらった感じです。

KF:実際に生地にしていく工程では、どんなことを考えたのですか?

 私自身も手芸屋さんに生地をよく見に行くのですが、あんまり見かけないような生地を作りたいなというのはありました。できるだけ大きい画面で見て、絵みたいに見えるようにしたいなと。生地のピッチは、30㎝とか60㎝で繰り返すのですが、そのピッチをできるだけ長くしたいなと思っていました。
 第1弾のときは、画用紙に色鉛筆で絵を描いたものをスキャンして、それをパソコン上で組み合わせて作っていました。地道にA4のスキャナーで(笑)。フォトショップでコラージュのようにして。[Bichons]も生地を広げたときに面白がってもらえるように、同じ犬がなるべくいないようにしました。

KF:生地を出されたとき、お客様の反応はどんな感じでしたか?

 まったく新しい仕事だったので、「わぁ……!」って、驚いてもらえたのと、ぽんぽんは作ったことはないけれど縫い物は得意という方にも幅広く知ってもらえたのかなと思います。SNSとかでアップされているのを見ると、「子どものスカート作りました」「ポシェット作りました」とあり、子ども服も結構作ってもらったのかなと。
 SNSのコメントなどで「この柄とこの柄はまた作ってください!」とおっしゃっていただくことが、今でもたまにあります。

KF:2019年の第1弾に続き、2020年の春に第2弾が出されました。こちらの生地はどんなことを考えながら制作したのですか?

 第2弾はテイストががらりと変わりました。第1弾でいろんなことをやらせていただいて、落ち着いてきたかと思ったら・・・。第1弾は、ちょっと厚めの綿麻キャンバス地だったんですね。1枚でバッグが作れちゃうような、わりとハリのある生地。第2弾では、洋服を作れる生地を作りたいなと思いました。
[Tori Lemon]と[Bichon Pompoms]は、第1弾と同じ綿麻キャンバスなのですが、[Usa Gingham]、[Neko Stripe]、[Chidori]の3柄はシーチングです。

KF: チェックやストライプ、千鳥格子と、よりテキスタイルに近づいた印象を受けますね。もちろん、手描きのタッチが生きていますが。

 テキスタイルっぽい総柄やチェックやストライプなどのベーシックな柄も取り入れたいなと思う欲は1年目からあって。また好きな提案をさせてもらった感じです。スカーフみたいなひらっとしたものを作るにも、お弁当を包むときにもいいかなって。

KF:配色はどのように決めていったのですか?

(コッカ・福田)黒田さんからは柄ごとにイメージをいただいていて、社内で並べてみたり、営業の意見なども取り入れたりしながら、配色をご相談していきました。第1弾でとても人気のあった[Bichon]を引き継いで作った[Bishon Pompoms]に関しては、ブルーの色味、近しい色は入れたいなと。

好きな色ばっかりになると似ちゃいますね(笑)。

KF: 色合いもシックですよね。ファンシーな感じがしない。

 ファンシーな感じは自分自身がちょっと苦手で。可愛いっこいもの、いかにも子ども用です、子どものものを大人が考えました、っていうのが苦手なんです。ぽんぽんの作品にも通ずるのですが、大人が考えた「子どもってこういうの好きでしょ?」みたいなものはちょっと苦手で。子どもが好きなものは子どもたち自身が選ぶので、「好きになってもらおう」とは考えていないかもしれないです。

KF:黒田さんが描き出す動物は、可愛いなかにもリアル感がありますよね。そもそも動物がお好きなのですか?

 動物、好きです。昔は柴犬を飼っていました。今でも、野良猫が歩いていたり、スズメが寄ってきたら話しかけたりしています(笑)。
 実際にぽんぽんを作るときは、リアリティーも大事にしているので、インターネットの画像検索や図鑑を使って、前から見たところだけじゃなくて、後ろ姿、背中、おなか、お尻と、いろんな方向から見た画像もチェックします。

KF:毎日の暮らし、日々の制作活動についてお聞かせください。

 朝起きて、お茶を沸かして、ゆっくり朝ごはんを食べます。午前中は家事。料理も朝に済ませます。仕事は、お昼くらいから始めて、夜の10時くらいまで。仕事場は家から歩いて10分くらいのところにあるのですが、途中に神田川が流れていて、鴨がいたり、ツバメが飛んでいたり。

 この春(2020年)に最新刊『ぬいぐるみぽんぽん』が出たのですが、それまでは仕事を始めて4年、ほぼずっと本の仕事がある状態でした。1冊終わってひと息ついたらすぐに次の本の試作、といった感じで。本の仕事が始まると、時間とエネルギーの多くをそれに費やすのですが、1冊の本ができ上がるまで8か月くらい。それを今まで5冊出させてもらって。今まではそれが全仕事の7割くらいを占めていた感じでしたが、今は本の仕事が落ち着いているので、「kotorinuno」の仕事に注力しています。

KF:ぽんぽんを教えるレッスンはなさらないのですか?

 教室をしたいと思っていますが、自分のアトリエで開催したことはまだなくて。たまにカルチャースクールやイベントでやらせてもらったり、呼んでもらったり。自分で企画することはあまりなかったのですが、それをこれからやっていきたいなと思って、昨年からアトリエを借りました。本の制作がひと段落したら教室をやろうと考えていたのですが、新型コロナウイルスの影響で、延び延びになってしまっています・・・。

KF:「kotorinuno」の第3弾は、2021年の1月発売の予定ですね。今度はどんなことをやってみたいですか?

 ようやく方向性が見えてきた感じがします。いろんな種類の柄で、生地も違う種類で出させてもらって。2年やってみて、「kotorinuno」で作りたいものがやっとはっきりしてきたという感じがします。子ども用のお洋服だったり、子ども部屋のカーテンだったり。もちろん、大人がバッグにしても。
 煮詰まるとよく公園に行くんですけど、子どもたちが遊んでいるじゃないですか。そういうのを見ていると、子どもたちがこんな服を着ていたら可愛いだろうなあ、と。そんなイメージで第3弾は考えています。ボトムスとかカーテンにもできるよう、ちょっとしっかり目の生地も出せたらいいなと思っています。

KF:コンセプトみたいなものも考えているのですか?

 心持ちとしては、結構、迷いがあったんですね。「kotorinuno」らしさってどういうんだろうって。trikotriの作品を販売するとき、作品を入れる箱も自分でイラストを描いているのですが、そのtrikotriのぽんぽんの包み紙がこういうのだったら可愛いなっていう心持ちで作ろうって思ったんです。そうすれば、trikotriらしくもあるかなと。

KF:ぽんぽん作品の包み紙、という発想、素敵です! ぽんぽん作りと生地作りのコラボレーションといった感じですね。

 生地を作る仕事って、普段の仕事をしているときとはまったく違う頭を使うなって思います。ある意味、リラックスして楽しんでやらせてもらっている感じがするので、ちょうどいいんですよね。生地の仕事をやらせてもらって、ぽんぽんにも取り組む。両方やらせてもらっているのが、自分としてはいいバランスだなって思っています。図案を考えていろいろ思い浮かべているときって、自由に妄想して楽しめるので。その行ったり来たりがいいなって思っています。

KF:自由な妄想から日々の気づきも多くなりそうですね。

 生地の柄を考えるときには別にそこに意味を持たせなくてよくて。単純にギンガムチェックとウサギの組み合わせは可愛いし、生地の絵を描きながら、「ウサギ、ギンガム、ウサギンガム・・・」って生地の名前を考えたりするのも楽しくって。遊び心を持ちながら、やらせてもらっています。
 何がモチーフになるかなって、日常を過ごしているなかで、公園に行って、小さなお花が咲いていたりとか、見たことのない鳥が歩いていたりとか。煮詰まって散歩に行ったときに目にしたものが、あ、これを生地にしても可愛い、これはこういうふうにしたら面白いだろうなとか。生地の仕事をさせてもらっていることによって、身の回りにある何気ないものも可愛く見えてくるのは、やっていて楽しいです。

KF:ありがとうございました! 「kotorinuno」のシリーズは以下よりご覧になれます。
https://item.rakuten.co.jp/hc-sh/c/0000000908/